2026年5月11日

私の誕生日は暦上母の日の近くになることが多く、まだ誕生日を迎えることが純粋に楽しみだったはずの10代のころから誕生日が近づくと複雑な感情になっていた。ご存知の通り、母親との関係が良くないためである。

母親はプレゼント選びに厳しく、父の日のプレゼントを母親の前で選んでいた時、性格上即決した私を見て「そんなにすぐ決めるなんて適当に選んでるに違いない。思いやりのない娘」「安いからって適当に選んだプレゼントだ」と言われたことがある。さらに遡ると、幼稚園のころ「いつもありがとう」と書いた手紙を母親に渡した時「いつも〇〇ちゃんにはたくさん色んなことしてあげてるのに、『いつもありがとう』って、たったこれだけ?」と言われた記憶さえある。母親に何か施さなければいけない(そしてそれが母親の地雷を踏み抜くかもしれない)母の日というものが毎年本当に嫌だったので、社会人になってから勇気を出して渡さないことにしたが、それでも毎年母の日は気持ちが暗くなる。

そんな母親と4月に会った。普段はなるべく避けているが親戚の葬儀のため会わざるを得ず、その際に「母の日のプレゼント、なんでくれないの〜?(ぴえん)」と言われ、苦笑いを浮かべた。怖い。母の日当日は母親に何の連絡も入れなかった。プレゼントを贈らないことを突っ込まれるのが怖い。

 

日課のツイッターを見ていたところ、闘病していた母親を亡くし、もう母の日の贈り物ができないことを嘆く娘のツイートが目に入った。彼女と私は現実世界で邂逅してはいけないと思った。ごめんなさい。渡せるのに渡さなくてごめんなさい。私はあなたのような孝行娘にはなれない。

2026年3月13日

超かぐや姫!を観た。“劇場版ラブライブが受け付けない人は受け付けないと思う”という評判を聞いたがその通りだと思った。

視聴中抱いた違和感をChatGPTにまとめてもらった。絶賛しているオタクたちのツイートを見て、私はもうすっかりインターネット老人オタクになっていたんだなと思った。

  • 苦学生設定の現実性
    主人公・彩葉が「学費と生活費を稼ぐ苦学生」という設定。
    2030年設定なら高校授業料無償化の可能性が高く、学費のために働く理由が曖昧。
    高校生が生活費まで自力で賄うのは現実的にかなり厳しい。

 

  • 高校生の労働時間の問題
    日本では18歳未満は22時以降働けない(深夜労働禁止)。
    その条件で 学費+生活費を賄う収入を得る設定が不自然。

 

  • 生活描写のリアリティ不足
    真夏にエアコンを使わず扇風機のみで生活。
    日本の夏では 健康的に生活するのがかなり難しい環境。
    倒れた時だけエアコンを使う描写があり、なおさら不自然。

 

  •  かぐやの浪費行動
    彩葉はお金に苦労している苦学生。
    その状況で かぐやの浪費行動が続くため、共感して見ると強いストレスになる。

 

  • 彩葉がかぐやに心を許す過程の唐突さ
    浪費など迷惑行為があるのに 比較的早く受け入れてしまう印象。
    苦学生の立場からすると 許す心理の説得力が弱い。

 

  •  心理的背景の描写不足
    親からの愛情不足などが理由なら理解できる可能性はある。
    しかし 「求められることに飢えていた」などの心理描写が十分に示されないため、行動の動機が弱く見える。

 

  •  親子の確執の扱い
    重いテーマとして提示される。
    しかし 終盤で非常にあっさり解決した印象。
    十分に描けないなら物語の軸にする必要があったのか疑問。

 

  •  シリアス設定の回収不足
    苦学生、家庭問題など重い設定が複数ある。
    しかし 深掘りや回収が弱いまま進む印象。

 

  • クライマックス演出の既視感
    月へ帰る展開
    蘇生演出
    クライマックスの盛り上げ
    これらが 他作品で見たことのある演出の組み合わせに見える。

 

  • 全体的な違和感の構造
    ① 生活・社会設定のリアリティ不足
    (苦学生設定、労働時間、夏の生活)
    ② 人物心理の積み上げ不足
    (彩葉がかぐやを受け入れる過程)
    ③ 物語要素の回収不足
    (親子関係やシリアス設定)

2026年3月6日

浪川家の愛する犬・シナモンちゃんが16歳で虹の橋を渡ってから、もうすぐ5年が経つ。愛玩犬の代表犬種であるマルチーズで、まさに「愛されるために生まれてきたような犬」だった。人間が布団に入って寝かしつけてやらないとくんくん鳴き続ける、私が寝そべって新聞を読んでいると必ず新聞の上にやってきて寝始めるせいでページがめくれない、朝目が覚めると目の前に尻があり布団の隅に追いやられている、そのくせ抱っこしたり顔を近づけたりすると嫌そうなため息をつく、気高い犬だった。

 

彼女との思い出を話したら「気高え犬!」とノリノリで聞いてくれる人がいたので、いくつも思い出を話した。幼いころから食糞癖があり、晩年まで犬と人間の攻防が繰り広げられていたこと、トイレシーツには必ず一度しかおしっこをせず、人間がトイレシーツを取替え忘れていると「あなたたちの怠慢よ」と言わんばかりにトイレシーツの隣におしっこをすること。散歩中に行きたい方向ではない方に進もうとするとピタっと立ち止まり抵抗すること。一度だけ脱走した日に人生最大の冷や汗をかいたこと。そうしていたら、思い出の中の彼女が鮮明に浮かび上がり、私の心の中には今もはっきりと彼女がいることに気づいた。同時に死の悲しみを少しだけ乗り越えられたような感覚を抱いた。

 

話は変わるが、末期の膵臓がんを抱えた親戚がいる。その人は祖母の弟にあたり、祖母は父が7歳の時に亡くなっているため、私は祖母に会ったことがない。私が鬱で仕事ができなかったときに「きっと姉さんならこうしていただろうから」と金銭的に助けてくれた人だった。未婚のその人は私を孫のようにかわいがってくれて、幼いころから幾度もその地域の美味しい飲食店へ連れて行ってくれた。余命宣告を受けたときは「まだまだ美味しいもの食べさせてやりたいんだから、ここでくたばってたまるかよ」と言ってくれたが、いよいよ身体的な苦しみが強まってきたようだ。死が近づくのを誰もが感じている。

 

その時、ふとシナモンちゃんのことを思い出した。腎臓病で弱っていく彼女を見るのは本当につらかったし、別れの瞬間も涙が止まらなかった。しかし今、生前のことを思い返すと、はっきりと彼女の輪郭を感じることができていた。その経験が、私に「大切な存在の死を乗り越える力」をくれたようだった。


死を目前にした今、感じる寂しさは変わらない。現に今、この文章を書いていて涙がにじんでいる。けれどきっといつか、思い出の中で大切な存在たちが生きた証が光り輝くことを、私は知ることができたように感じるのだ。

2025年10月23日

2024年12月に現在の会社に転職し、今月頭に部署異動があった。新卒からずっとマーケティングを仕事にしてきたので、マーケティング以外を仕事にするのがひどく不安だったが、蓋を開けてみればそれは杞憂だった。

私はそもそもマーケターに向いていなかった。

経験した3社では、同じマーケティング部といえどそれぞれ違う業務を行っていたが、どこも「ゼロからイチを創造する」ことには変わりがなかった。状況に合わせて業務内容は如何様にも変わる。ルーティン業務はほとんど無い。常に上層部の動きを考えながら仕事をするし、今まで積み上げたものが社長の一声でひっくり返ることなんてざらにある。

これまでそういった仕事しかしてこなかったから、「仕事」というのは等しくそういった苦しみを抱くものなのだと思い込んでいた。みんなそういった苦しみに耐えて仕事をしているのに、どうして自分は耐え難いと思ってしまうんだろうと思っていた。「自分に合った仕事があるなんて嘘だ」とさえ思っていた。

部署異動先では契約書を作成する業務を行っている。宅地建物取引士としての知識はもちろん、物件状況や契約条件に合わせて考慮しなければいけないことは山ほどあるが、少なくとも私はマーケターとして仕事をしていた時よりずっと息がしやすい。自分はなぜか不動産業が本当に気に入っているんだということを改めて感じるし、日々法知識が増えていくたび心が潤うように感じる。

マーケターに向いてないと気づいたのが遅すぎたかもしれない。もしかしたらこの業務もいつか「向いてない」と感じる時が来るかもしれない。それでも今の段階ではこの仕事を面白いと思っていることを、備忘録として残しておきたい。

2025年10月6日

母は大学受験に落ちた私を、「コスパの悪い娘」と評したという。これは父から聞いたことだ。父はなんのためにそんなことを私に報告したんだろうと思うが、年々その言葉に納得する自分もいる。新人時代に吸収すべきだった知識や経験は休職期間に呑み込まれ、社会人も6年目になったのに薄給に喘ぎ、毎日片道2時間かけて人混みに押しつぶされている、電車の窓ガラスに映る自分の顔を見ると呆れたくなる。10年前と比べると疲れでひどく老けたし、鬱の反動で20kg太った。あの頃はカウンセラーに「繊細さは表現者にとって武器だ」と言われたにも関わらず、今は繊細さを脂肪でくるむことでかろうじて社会人としての体裁を保っている。書くものも話すことも、あの頃の方がずっと冴えていた。もう私はあの頃のように全てをむき出しにすることができない。年をとったんだと思う。

 

ツイッターで流れてくる声高なフェミニストたちを見るのがつらくなってきた。明治時代の女子教育活動の流れで生まれた学校に通っていて、どちらかと言えばフェミニズム的な教育を受けていたはずなのに、どうにも見ていられない。ストリップが好きでよく通っていたけれど、好きな踊り子さんと思想が相容れなくなり、自分の体調のこともありやがて通うのをやめてしまった。

創作活動と政治が紙一重なのは承知しているし、創作物と作者を結びつけすぎない方がいいというのも分かっているけれど、どうにもそれができない。戦争はしたくない。

2024年10月4日

仕事を退職することが決まった。11/1から、私はまたニートになる。

1社目を退職してからこの会社に入社するまで、2022年の下半期約半年間も同様にニートだった。その期間は引っ越しをしたり、マンション管理士・管理業務主任者の資格試験を受けたり(見事に落ちた)、転職活動をしたりと、意外とバタバタと過ごしていた。傷病手当金も需給していたので一応無給というわけではなかった。傷病手当金受給中は賃金をもらうことはNGなので、どこかでバイトするということもできなかった。
今は元気もりもりな状態で退職するので、傷病手当金が需給されない。まったくの無給状態で社会に放り出される。そんな無計画な状態で会社を辞めるなよと思うが、決めてしまったので仕方がない。いつも私の人生は行き当たりばったりである。

私は元気もりもりだと思っているが、会社としては体調が不安定な社員はいち社員としてカウントできないようで、そのあたりのすり合わせがうまくできず、結果退職を決めた。一緒に働く人や仕事内容は好きだったので後悔が残るが、今の私と会社が同じペースで歩いていけないのであれば、仕方がないと思う。会社は「こいつを採用しない方がよかった、二度と鬱病経験者なんか採用しない」と思っているかもしれないが、それもまたひとつ勉強になったということで許してくれはしないだろうか、と勝手なことを思っている。

次の仕事が何も決まっていない。次は自分の好きな商材を扱いたいと思い、ぱっと思いついたのが不動産業界だった。1社目のハウスメーカーの経験が活かせるのではないかと思い、近所の不動産屋と面接したが、サービス残業があることを指摘したら半ば逆ギレのような対応を受けた。案の定お祈りメールが届いたので笑ってしまった。「不動産に従事する人間はサイコパスしか生き残れない」というのが私の持論だが、またひとつ立証されてしまった。
私の体調がそんなに心配なら契約社員にしてくれよ、と思ったが、会社的にそれもNGらしい。申し訳ないな。私はもう少しやれると思っていた。でも確かに体調のせいにしてだらしなくなっていた部分もあった。次の職場が見つかるまで、タイミーさんになりながら冬コミの原稿を頑張りたい。

2024年9月27日

観たい映画のメモ

 
・KING OF PRISM-Dramatic PRISM.1-
十王院ホールディングスの社員総会に出席しなければならない。9/27(金)~10/3(木)。
 
・キンプリとキンプラ
10/9(水)にバルトで復活上映するらしい。映画虹ヶ咲を見て上原歩夢ちゃんは速水ヒロだったという謎の説を打ち立てたので、もう一度観たかったので助かる。映画虹ヶ咲もどこかでおかわりしたい。ランぽむは、〝ある〟。
 
・迷子
元バンドリーマーとしての責務
 
・傲慢と善良
これを言うと殺されるかもしれないんですけど、私は辻村深月作品が刺さったことがなくて…
傲慢と善良の原作はもちろん読んだんだけど、映像化することでどう見えるかが気になった。エンタメ性に長けた小説を書く印象があるから、多分映像映えするんだろうな。
 
シネマシティ立川で限定復活上映するらしく、しかもなんとイクニ監督とさいとうちほ先生が登壇する回もあるとのことで、こんな機会二度とないと思って暴れています。
最近は有村麻央さんのプロデュースをしていた時に、「麻央とPはウテナを観ろ!!!!!!!!!!」と思って暴れました。
 
これもシネマシティ立川で限定上映するらしく、本当にシネマシティ立川はありがたい。私は家で映画を観ることをしないので(多動が故に飽きちゃう)、映画館という「映画を観ることだけに集中するための空間」でこうやってリバイバルしてくれるのが助かっている。万引き家族もやってたらしい。
そして父になるは、実家にいた時に金曜ロードショーか何かで観た記憶があるんだけど、この時も多動が故に飽きてしまってほとんど話を覚えていない。
 
・パミョ
初めて聞いた時ポニョかよ、と思ったんですけど、「破墓」と書いてパミョと読む、韓国のホラー映画らしいです。最近はホラー映画をよく観るようになり、製作された国の宗教観によって題材や演出が異なることが結構面白い。
 
これもシネマシティ立川で上映するらしいんですけど、中学生の頃に授業で観たのがめちゃくちゃ印象的で、なんだか見返したくなりました。
 
あとはささやかな近況なんですけど、退職願を出しました。受理されたもののひと悶着あって、辞めるか辞めないか自分の中でもまだはっきりしていません。人生ってどうなるんだろう。